Heart of Stone 前篇




ファラミアの乗馬の蹄が、ミナス・ティリスの石畳を一歩一歩打ってゆく。

一度は兄と共に、勝利の歓喜に満たされて歩んだ道。
そして一度は花を捧げられながら、必敗の戦に赴いた道。

『大公さま!』

物思いに耽っていたファラミアは、幼い少女の声に我に返った。
ファラミアの賢い愛馬は、主人より先に少女の意図を汲んで脚を止めた。
ファラミアが沿道を見下ろすと、少女は可憐な野の花を集めた花束を差し出している。
ファラミアは少女に会釈をして花束を受け取り、そっとマントの懐にしまった。

『ありがとう』

少女は恥ずかしそうに母親の元に去っていった。この国には珍しい、妻と同じ金髪の乙女だった。
長く絶望的な戦いを目の当たりにした民は、平和のありがたみと忘れえぬ犠牲をよく知っている。
あの少女の父や兄もペレンノールであるいは都の城壁で戦ったのかも知れぬ。
ファラミアにとってこの誇り高い都は、いつもあの戦争を思い起こさせる場所だ。
特に今日は、エレスサール王の親書を携えて、かのセオデン王の命日の式典にエドラスまで出かけるというのだから。



ミナス・ティリスの城壁を出て五日間、ファラミアは六人の従者たちとともにゴンドールとローハンの野を駆け、野営した。
戦に荒れたふたつの国土は、この一年足らずでかなり豊かさを回復していた。
ローハンの山裾の肥沃な草原では放し飼いの馬たちが草を食み、農夫が未来の名馬を調教している。そんな風景をいくつか越えると、エドラスの集落と丘の上なる黄金館が見えてくる。
ファラミアは一度手綱を引いて部下達を振り返り、軽く頷くと歩調を上げて町の入り口へと一気に進んだ。


エドラスの町の門では、屈強なふたりの門衛がゴンドールの使者を迎えた。兜の下の髭面が気持ちのよい笑みを見せる。

『これはイシリエンのファラミア大公様、遠いところをお疲れさまでありました』

ファラミアと六人のゴンドーリアンは門衛達に乗馬を任せ、黄金館へと続く石段を上って行った。



ちょうど一年前のこの日、黒の勢力との戦でペレンノールの戦死を遂げたセオデン王を偲ぶ式典は、ローハンの質実な国民性と先王セオデンの剛毅な人柄を汲んで、形式ばったものではなかった。

広間の上座にはセオデン王の武具と馬具そして帯剣が飾られ、傍らには一年前に即位した若きローハン王、エオメルが立っている。まだ妃を娶っていない王のさらにその隣には、先にローハンに里帰りしているエオメルの妹にしてファラミアの妻エオウィンがいた。
近しい王族はこのふたりだけで、ゴンドールも同じであるが、先の戦の爪あとをファラミアに思い起こさせた。
そしてセオデン王の武具の後ろには、セオデン王に『真実の友(ホルトヴィーネ)』の名を与えられた小さき人メリアドクが、緑色のマントを着て神妙に控えていた。

ローハンの豪族たちが次々にエオメル王の前に進み挨拶をする。そしてゴンドールの使者としてファラミアが前に出て、エレスサール王からの親書を手渡した。
ファラミアにとってエオメルは、年下だが義兄にあたる。ボロミアは随分と可愛がっていたようだったが、ファラミアはそこまでの親交はなかった。
挨拶を述べ、頭を上げたファラミアに若いローハン王はしゃちこばった笑顔を返した。

『ファラミア殿、また後ほど』


挨拶がひととおり済むと、エオメルの乾杯で宴が始まった。
山国らしい、濃くて力強いエールを満たした盃が、愛されそして尊敬された老王の魂に捧げられる。
ファラミアは兄や親戚との久々の再会をよろこぶ妻をそっとして、ローハンの諸侯に再会の挨拶と、あらためて援軍の礼を述べて回った。
そして柱の陰で、唇を噛み締めて涙を堪える『ホルトヴィネ』を見つけた。
ファラミアはそっと身体を屈め、肩に手を置いて声を掛けた。

『泣かずともよいのではないか、若く小さき人。セオデン様はあなたの笑顔をご覧になりたいと思いますよ』

メリアドクは酒と涙で真っ赤になった顔を上げた。

『僕は、無理に戦争に出て行って何も出来ず、セオデン様の足手まといでした』
『そんなことはない、現にあなたは勇敢にも私の妻を救ってくださった』
『レディ・エオウィンに助けていただいたのは僕の方です』

そう言いながらも、メリアドクは少し元気を取り戻したようだった。

『そうですね、僕はまた今日のおつとめを果たしに戻らなくちゃ』

袖で涙を拭い去り、メリアドクは小さな胸を張って上座の方に戻って行った。


『小さいのに立派な男です』

ファラミアは後ろからの声に振り向いた。そこにはいつの間に抜け出したのか、エオメル王がひとりで立っていた。
いまだに『小さき人』たちに慣れぬらしいエオメルだった。

『そうですよ、彼らの故郷には王はいませんが、彼は立派なリーダーの家柄で、それにふさわしい男だと思います』

エオメルはそれを聞いて頭を掻いた。

『私の治世はどうもいけない、黄金館の椅子に座っていることすら苦痛でね。すぐに槍を携えて狩りに出たくなってしまう。私ではなく、先王やセオドレド王太子なら・・・』

ファラミアはハッとしてエオメルの顔をまっすぐに見た。
エオメルの、そしてこの国のある種の『率直さ』は、泣くことも、弱音を吐く事も許されない石造りの都で生まれ育ったファラミアには、どことなく慣れぬ感覚であった。

エオメルはファラミアの視線にばつが悪そうな表情を返した。

『いやこれは失礼、つい不甲斐ないことを申してしまいました』
『そんなことはありませんよ。ご重責、お察ししますよ』

ファラミアのそつのない返答を受け、エオメルはさらに決まり悪そうに去って行った。

残されたファラミアは手持ちぶさたに片手の酒盃に口を付けた。風味の強い、濃い味のエールはまさに、情の厚さや率直さを憚らぬローハンの国民性そのもののように感じられた。それは異国のものである以上に、ファラミアにとって慣れぬものだった。





(後篇に続く)



目次に戻る