翼の兜 winged helm of Gondor 前篇



『どうですか?似合いますか?』

ピピンは誇り高きゴンドール近衛兵の兜に触れながらベレゴンドに話しかける。
ミナス・ティリスの第6層にある療養院の庭は、春の若い緑に彩られ、未だ戦のただなかにあることを忘れさせるように穏やかであった。

『お似合いですよ、マスター・ペレグリン』

庭の外壁にもたれたベレゴンドは、上に腰掛けて膝を揺らすピピンを少し見上げながら答えた。
二人は揃いの、黒に銀が縁取られた制服を着ている。
いまや主を失った白き塔の近衛の制服を。


そして、ピピンは外した兜を膝に置いて、快活な笑顔とは裏腹なほどの真面目な話をする。

『ベレゴンド、あなたは霊廟でファラミア殿を腕に抱いた時、何を思いましたか?』

ふたりは、絶望の中で愛する者を自らの腕に抱くという経験を共有した。

『あの、美しくも逞しいファラミア様のお身体があまりにも軽く感じられて、それが恐ろしくてなりませんでしたよ』

ベレゴンドは広い肩幅をすくめるようにしたが、それがピピンにはなんだか可笑しかった。

『それはあなたがゴンドールいちの怪力だからでしょう。僕なんか、気を失ったメリーが重たくて重たくて、引き摺るのがやっとでしたよ!』

ピピンはさも面白そうに笑った。
それが共感の表現である事はベレゴンドにも伝わったようだった。

『でもあの時、こんな堅物のあなたが、お役目に背いてでも霊廟に駆け込んで下さった理由がわかった気がしたのです』

その言葉を聞いてベレゴンドの顔が曇ったので、ピピンは心配そうに壁から飛び降りた。

『あなたのしたことは、正しかったんだと思います。ファラミア殿へのあなたの思いがファラミア殿を救ったのでしょう?
―――それに、執政様は御正気ではあられなかった』

最後の言葉を、ピピンは声をひそめるようにした。

ベレゴンドは俯いたまま、おのが胸を飾る白の木を見つめながらゆっくりと言った。

『近衛の役目に背いただけでないのです。わたしは、この大切な戦のただなかに、大切な仲間を殺めたのです』

ベレゴンドの胸中に、赤黒い炎を背に立つ同僚たちのシルエットがまざまざと浮かんだ。
もうすぐ生きながら燃やされようとするファラミアと自分の間に立ちはだかる、同じ白の木を纏った男達の姿が。
彼らは、ファラミア様をお救いするのだ、というベレゴンドの叫びを聞き入れようとはしなかった。
彼らをたぶん、ベレゴンドは自らの剣をもって、倒した。

ベレゴンドは今まで、このことを誰とも語らなかった。
ファラミアには、この世界が終わる前に告白せねばならないとは思っていたが。


この実直なゴンドーリアンの心が少しでも慰むようにと、ピピンは言葉を選ぶように語った。

『ガンダルフ・・・ミスランディアは、味方同士の諍いも、かの敵の悪しき意思が為さしめていることだと言っていました』

そしてピピンもまた、自分とガンダルフが火の回る霊廟に飛び込んだ時のすさまじく哀しい情景を思い描いていた。



『違いますよ』

ベレゴンドは静かに言った。

『わたしのファラミア様への思いは、御国への忠誠とは違うものなのです・・・ペレグリン殿、あなたは分かられているようだが』

ベレゴンドはファラミアがかの悪しき毒から癒えた身体を休めている部屋の窓をちらりと見て悲しげに首を振った。

『だからわたしは、御国に背いてもファラミア様を抱き上げたのです。
このような近衛を、ゴンドールは、そしてファラミア様もお許しにならないでしょう』

その先はひとりごとのように続いた。

『だからわたしは、未だ戦に出られるお身体ではないファラミア様の代わりにあの野に立って、祖国への罪滅ぼしに命を捧げてこようと思っています』


そこまで言ってからベレゴンドは、凍りついたように目を大きく見開いてベレゴンドの顔をのぞきこむピピンに気がついた。
―――またわたしは、言わずもがなのことを!

『ペ、ペレグリン殿・・・わたしは・・・』

この健康な精神を持つ若者は、笑うだろうか、呆れるだろうか、一介の兵士がこのような告白を、大それた物言いをするのを。

ベレゴンドはひとりで冷汗をかきながら赤面していたが、ピピンは小さな顔を考え深げに顰めながらゆっくりと言った。

『ベレゴンド殿、僕はこのような大きな御国に仕えるのなんか初めてなんです。立派なお城はおろか、村長すら仕事がないような長閑なところで育ちました。そんな僕にも、僕らを助けてくださったボロミアさんのお父君、デネソール殿はおっかないけれど立派で、剣を捧げるべきお方だと見えました。
―――それでもね、僕は、例えこの世の全ての大きな国や立派な殿様を相手にまわしても、メリーを助けに行くと思うんだ』

ピピンはミナスティリスの門前でメリーの姿を見つけたとき、周りはまだ戦のただ中だったのに、敵も味方も、すべて霞のように見えなくなったことを思い出していた。

『でも、メリーはそういうの喜ばないかもしれないな。僕よりは、大きな世界のことがわかる奴だから・・・なあんだ、おんなじですね、僕らは』

ピピンは、はしばみ色の目に庭の新緑を輝かせるようにして笑った。


そのときファラミアの病室の窓が開いて、付添いの老婦が顔をのぞかせた。

『ベレゴンド様!』

老婦はベレゴンドの姿を庭に見つけると、一度顔を引っ込めて中のファラミアに何か言った。そしてまた顔を出す。

『ベレゴンド様!ファラミア様が貴方とお話しなさりたいそうですよう!院長殿のお許しも出ましたよ』

それを聞いてピピンは外壁に身軽に飛び乗って、ベレゴンドの頭に兜を載せた。

『さあベレゴンド殿、御勤めですよ!ファラミア殿はきっとあなたの真心を受け取ってくださいますよ。だって、「人も獣も統べるお方」なんでしょう?』

ベレゴンドは数日前にピピンを前に取り乱した失態を思い出してまた赤面した。

『ありがとうペレグリン殿!この庭にも悪しき翳が落ちる日が来たとしても、あなたにここで勇気付けられたことは忘れますまい!行って参ります!』

ベレゴンドは兜の緒をしめながら、庭の芝生に大きな影を揺らしていそいそと療養院に入っていった。


『大きいのに忙しい人だなあ!』

呟いたピピンに、手を振りながら3つの人影が近づいてきた。

『メリー!!それにレゴラスとギムリも!』

ピピンもまた、仲間達のほうに駆け出していった。



続く→メリピピver続き


ベレゴンドとファラミア。メリーとピピン。そして絶望と希望を共有したベレゴンドとピピン。
第3部で大好きな人たちです。
某同盟様のおかげでベレファラが書きたくてたまりません。
その前にちょっと前哨戦。
ピピンのゴンドール近衛姿、翼の兜(!)が可愛くて可愛くて死にそうです。
それが書きたかったという話も・・・。

ピピンがデネソールに剣を差し出したのは、もちろんボロミアの恩義に応えるためというのが大きいでしょうが、
滅び行く国の重圧とプライドを一身に背負うデネソールにも、怖さ以外の何かを感じたのではないかと思います。
ピピンは、あれを覗いてしまってからある意味成長したんではないかしら。


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