whatever

メリーは、磨きこまれた銅製のジョッキに並々と注がれた、今晩四杯目のエールを持って席に戻ってきた。
緑竜館の隅のいつもの席に。
向かい側ではピピンがもう食後のパイプをくゆらせている。

ピピンの視線は、カウンターに立ったまま女友達とお喋りに興じているロージー・コトンに向けられていた。
ピピンはパイプを口から外して言う。

『そういえば、フロドたちは最近来ないね』

メリーは大きなひと口を途中でやめて、ジョッキをテーブルに置いた。

『疲れてるんだろう、サムはたっぷり仕事があるのだろうし』

メリーの当たり前な意見にピピンも合わせるようにうなずいた。

『そうだね』

しかしふたりとも、フロドを覆うものが『疲れ』などという言葉で表せるものでないことには充分気付いていた。
あの長い旅と戦いのなかで、ふたりが垣間見て、一端に触れた闇の重さを、フロドはずっと身につけてあの国を歩いたのだから。
フロドはいつか元通りのフロドになるのだろうか?
ふたりはしばらく、黙ってジョッキの中の金色の液体と向き合った。

『そろそろ、出ようか』
『ああ』

メリーのひと言でふたりは木の椅子から立ち上がった。
静かに飲んだわりには足元が軽くふらつく。

外に出るとホビット庄の晩秋の風が夜の匂いを運んでくる。
少し冷たくなった空気がエールで火照った頬に心地いい。
メリーは道すがら、習い覚えたローハンの草原の歌をくちずさんだ。

二人の家の方向がわかれる辻に来た。

『それじゃあ、また』

手を振って道を曲がろうとするメリーを、ピピンは思わず呼び止めた。

『メリー―――僕たちも、変わってしまったのかな』

メリーは振り向いて微笑んだ。

『―――この歌?』

どこかぎこちない微笑だった。

『違うよ』

旅に出る前のふたりは、こうして遅くまで飲んだあとは、決まってブランディバック屋敷のメリーのベッドか、袋小路のバギンズ家の客間でひとつの毛布に包まって朝遅くまで眠ったものだったのに。

『もう僕は、君の部屋で寝てはいけない?』

ピピンは酔いに任せてじっとメリーの顔を見た。
二人の身長の差はエント水のせいで少し縮まっている。

メリーは一瞬、ピピンの言葉を咎めるような表情をした後、随分真剣な顔になって強い眉の下の目を伏せた。

ピピンは思う。
メリーはあの時のことをきちんと覚えているのだ、だからこそ僕らはこんなに変になってしまったのだと。



ペレンノールで傷ついたメリーを発見したピピンは、メリーを必死で肩に担いでミナスティリスの城壁の中につれて帰った。
石弓とオークやトロルの斧で破壊された、悲しげな白さを晒す城壁の陰で、ピピンは『寒い、暗い』を繰り返すメリーを必死で抱きしめた。

『どうして、メリー、こんな立派な鎧と兜なんかつけちゃって・・・』

メリーの勇敢さと無鉄砲さを知り尽くしているつもりのピピンにも、メリーが筋骨隆々たるローハンの騎士たちと一緒に戦場を駆けてきたなんて信じられなかった。
メリーは懸命にピピンに微笑みかけた。口元に付いた血の跡が生々しい。

『いいんだ、君が・・・無事で元気ならば』

その時ピピンは、もうとっくに知っていたはずのことにはっきりと気付いた。
メリーは最高の友達で、それだけではない、どうしても失えないかけがえのない何かであることに。

ピピンは重たい革鎧のままのメリーの身体を抱き寄せて、その唇に自分の唇を重ねた。
乾いていて、冷たくて、血の味がした。
ピピンは自分の熱を分け与えるように長いことメリーに口づけた。
少しずつ深い吐息を吐くようになったメリーの左手が、ピピンの首の後ろに回った時、ピピンはこらえきれずに涙を流した。

『メリー、僕は君が好きだ』

ピピンの涙はメリーの汚れ傷ついた頬を洗い流すようにこぼれていった。
黙ってうなづくメリーもまた目尻から涙を伝わせた。
心配したガンダルフの声が聞こえてくるまで、ふたりはそのまま抱き合って泣いていたのだった。



あれは戦争の危機感とゴンドールの都が見せた幻だったんだろうか。
たしかにあんなのは、何事も無かったかのようなホビット庄の景色には全然似合わない。

メリーは元の友達同士の僕らに戻りたがっているのだろうか。
それならばそうしたほうがいい。
ピピンは酔いが醒めるのを感じながら、また自分の軽率を呪った。

メリーは長い沈黙の間、唇に人差し指をあてたままうつむいていた。
覚えていないわけがない。
だいたい、何のために身の丈の合わない馬に乗って、無理やりに戦場に出たと思う?
メリーは顔を上げると、少し乱暴にピピンの手を取った。

『そうだね、僕たちも随分変わったよ』

メリーはじっとピピンの目を見据えた。

『変わってしまって、もう戻らないものがあるのはわかってるね?』

ピピンはうなづいた。

『ブランディバックに泊まる?・・・今日は、納屋だけど』

吐き出すように言って、メリーは答えも聞かずにピピンの手を引いて歩き出した。
ピピンはひどい動悸に苦しみながら引かれて歩いた。

『家の者は、もう皆眠っている時間だからね』

照れ隠しにぶっきらぼうな口調で付け加えたメリーは、赤い頬をピピンに見られないために振り向きもしなかった。

ふたりは夜道を歌いながら歩いた。
メリーが歌うローハンの歌の緩やかで力強い旋律を、ピピンは不思議な気持ちで聞いた。
しばらくたって主旋律のメロディーを覚えてしまうと、ピピンもメリーに合わせて歌った。
飽きてきた頃にピピンも、衛兵たちに習ったゴンドールの歌を口笛で吹いた。
遠い国の音楽に見慣れすぎた景色。
遠くて近い日々に二人はまだ戸惑っていた。

そうするうちにブランディ屋敷の家々が星明かりに浮かんで見えてきた。
敷地の柵を軽く飛び越えたメリーは、森に近いほうの納屋に向けて駆け出した。
ピピンも遅れないように懸命に走り、扉に辿り着く頃には、早く巡る血に醒めかけた酔いが戻ってくらくらするほどだった。
勢いよく扉を開けたメリーは、そのまま中に積まれた干草に身体を投げ出した。

『さあ、おいでピピン!』

続いて飛び込んできたピピンの身体に、メリーはきつく腕を回した。

『あの時は、力が出なくて抱き返すことすらできなかったんだ!』

メリーはピピンを干草の山に埋めるように押しつけた。

『僕が言いたかったことは―――その一、元気な君と会えたなら、僕はあのまま死んでゴンドールに埋められても構わなかった。その二、でもやっぱり元気にここに還って来て、君にキスのお返しをしたかった!』

メリーはピピンの軽くうねった柔らかい髪をそっとかき上げて、頬に手を添えてピピンに口づけた。
ピピンは静かに目を閉じて、あの時と同じに少し荒れた、でも今は熱いほどのメリーの唇を受けた。

メリーはうっとりした表情でピピンの唇を味わい、柔らかい舌を絡めて味わった。
少年時代、女の子にキスする方法をピピンに冗談交じりに教えたのが自分だったことを思い出してふと可笑しくなった。
からかい、ふざけ合いながら自分が本当に望んでいたのはこれだったのか。

メリーの熱心なキスにピピンの息が上がり、ほのかに色付いた首筋が誘う。
柔らかいシャツの生地を通して、ピピンの息遣いが伝わってくる。

メリーはシャツのボタンを外しながら、手のひら全部でピピンのきめの細かい肌にふれていった。
顔は首筋に埋め、巻き毛の絡まる耳の後ろに口づけた。
メリーの息が耳元を擽り、熱い手と指が身体を探るように這う。
ピピンは鼻にかかった甘い声を出して身を捩った。

その拍子にメリーの指がピピンの胸の突起を刺激した。
いきなりの痺れるような刺激にピピンは一瞬身体を固くして、思わずメリーの手首をつかんだ。

メリーははっとして顔を上げた。
メリーの真摯な強い眼差しが、もう蕩けかけたようなピピンの緑の瞳を捉える。

『ピピン、僕が望んでいたのはこういうことだ。・・・君は?』

違うとは、もう言わせられなかった。
見詰めるメリーの視線の余裕ない強さは、メリーのまだ制御しきれぬ若さだった。

『僕も、そうさ』

ピピンは小さいけれどしっかりした声で答えた。
そして、つかんだままのメリーの手を、そっと自分の胸元に導いた。

『もっとしてよ、メリー』

メリーの全身の血が沸騰する。

『もう、止められないよ?』

メリーは自分の声が変に掠れているのを感じた。
もう一度、メリーは確かめるようにピピンの身体をきつく抱きしめ、すでに張り詰めて刺激を待っている自分の中心をピピンの腰に擦りつけた。

『メリー、僕のメリー』

ピピンは夢中でメリーの背中に腕を回し、シャツの下に滑り込ませた手でメリーの肌を引っかいた。

『ピピン、待ってて』

メリーはピピンのズボンに手を掛けると、下穿きごと勢い良く引きずり下ろした。
恥ずかしさと期待にピピンは思わず目をきつく閉じた。

メリーは自分のズボンももどかしく脱ぎ去りながら、ふと思いついたように、ポケットに入っていたよく熟れたプラムの実を取り出した。
汗ばんだメリーの手の中で、赤紫の果実は容易に潰れて果汁を滴らせた。

突然漂った甘い香りにピピンが目を開けると、上気した顔に笑みを浮かべたメリーが、手から溢れる果汁をピピンの中心に垂らしていた。

『メ、メリー何するの?』

驚いて思わず身体を避けようとしたピピンをメリーは組み敷くようにして指を舐めてみせた。

『だって、女の子とする時とは勝手が違うのさ。ピピン、それにしても美味しそうだなあ』

メリーは蜜で濡れて光るピピンの中心にしゃがみこんだ。
とろりとした果汁を絡めるように後ろに指を這わせながら、ぴんと張り詰めたピピンのものをこらえ切れず口に含む。
ピピンはあまりに強い快感に震えながら背を反らし、荒い息の間に甘い声をあげた。

『もう、僕、ダメだ・・・っ』

メリーももう限界だった。

『僕もさ。ピピン、もう、君の中に・・・』

メリーはピピンの身体の向きを変えるようにうながし、手に付いた蜜を自分自身に塗りつけてからピピンの背に乗りかかった。
ゆっくり、と思う気持ちは制御が全く効かず、結局ピピンに悲鳴を上げさせてしまった。
童貞の時のような余裕のなさを自嘲しながら、メリーはピピンに謝りながら抱きしめた。

『メリー・・・謝ったりしないで』

少しずつ振動を与えてゆくと、ピピンの身体が熱を持ってゆくのをメリーは感じた。
奥まで打ちつけても、ピピンの出す声は甘い。
メリーはもう気遣いを忘れて快感を追った。

互いが互いに絞り取られるように、二人は力を失って藁の山に崩れ落ちた。
身を寄せあったまま、泥のような眠りに落ちる瞬間メリーは、ふたりはこれからどんなふうに変わってゆくのだろうかと思った。



納屋の窓から射し込む朝日が、顔を照らす高さまで昇り、二人は重い目蓋を擦りながら目覚めた。
だるさの残る身体に新鮮な朝の光と風、伸びをした二人はプラムの汁と汗とでベタベタの肌に顔をしかめた。

『これはひどいや!』
『オークの気付け薬を浴びて以来のひどさ!』

二人は顔を見合わせて大笑いした。
僕らはこれからも皆が知っているメリーとピピンで、それでいて誰も知らないメリーとピピンだ。

―――旅に出る時は気をつけろ、一歩でも家を出たら何処に連れて行かれるかわからない・・・
それは他ならぬバギンズ家の歌。

調子はずれに歌いながら納屋の扉を開け、水浴びする小川へ二人は駆け出して行った。


End.





いわゆる『大人の男』のほんの一歩手前のメリー、ドムの青臭い顔に思慮深げな表情が浮かんだ時なんかのメリーはたまらないかっこよさです。
そして全身一杯で物事を感じ、行動しようとする、(人間なら)多感なハイティーン真っ盛りのピピン。
たまには若者同士のリリカルな関係を書いてみようと思い立ったのがこれです(これかよ)。
最初は、何事も無かったかのように平穏なホビット庄の生活に戻った時、戦火の中で確かめ合った熱い想いが行き場を失って戸惑うふたり、
そんな彼らがフロドの出立とサムフロの別れを見て物思いをする、というような、もっともどかしくてせつない話を考えていました。
それがある日突然、プラムの実というホビッツにしか使えないような飛び道具を思いついてしまってから暴走しました(笑)。
それに、メリーとピピンは、どんな大事に巻き込まれようと、偉くなろうと、デキていようといなかろうと、
それぞれのnatureと二人の関係性は本質的に変わらないんだろうと思っていたので、
これを機会に一度はデキてしまう話を書いてしまえ、と思ったわけです。
なるべくショタっぽい感じにせず、健康な若者達というイメージで書いたつもりですが、
書きなれたオッサン達のギシギシ、例えばバラドゴルンなんかに比べたら顔から火が出そうに恥ずかしかったです。
大体、一人称『僕』で濡れ場を書くなんて既に初めての経験でした。
こんなんもありかなー、と思って見逃していただけると大層ありがたいです。
ちなみに、”whatever”というタイトルはOasisの94年のナンバーです。
Whatever you do
Whatever you say
Yeah I know it's alright
穏やかで美しいメロディラインに青くて強気な歌詞が、ホビット庄の若い英雄たちになんかピッタリなのです。




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