Two of us against the Shadow 後篇
兄の口が途切れ途切れに紡ぐものを一言なりとも聞き漏らすまいと、ファラミアは兄の執務机からペンを取り、持って来た書物の端に書き留めた。
何故ならば、ボロミアは明らかに、ファラミアと同じ夢を見ていたからであった。
―――折れたる剣を求めよ、そはイムラドリスに在り。
かしこにて助言を受くべし、モルグルの魔呪より強き。
かしこにてしるしを見るべし、滅びの日近くにありてふ。
イシルドゥアの禍は目覚め、小さき人奮い立つべければ。
ファラミアは全てを書き留め終えて深く息をついた。
あれからこのかた、毎夜毎夜ファラミアが掴もうとして掴めなかった言葉の全てが兄の口からやっと繋がったのだ。
イムラドリス、ゴンドールでは既に伝説でしかないはるか彼方のエルフの国に、往かなければ謎は解けない。
かのミスランディアを師とし、エルフの歴史にもあかるいファラミアにすら、そこは遠い時空の彼方の地である。
されど、ゴンドールを救う手立てはもはや、そこにしか残されていまい。
ファラミアはペンを置くと、未だ夢のなかを彷徨う兄の手を握った。
その告げるものの不安を夢うつつに感じているのか、ボロミアはファラミアの手を握り返した。
『兄上は苦しまず前を見続けていてください』
ファラミアはボロミアの弱さも知りながら、兄が悩み苦しむのを見るのが大嫌いだった。
愛する兄のために私に何ができるだろう、ファラミアは自問しながら、熱いものが心の中にこみ上げてくるのを感じた。
『兄上・・・兄上・・・イムラドリスには、私が参ります・・・』
ファラミアは眠るボロミアの胸に顔を埋めて涙を流した。
慣れ親しんだ兄の身体の香気がいまは全く違ったものに感じられた。
ファラミアの手が知らずのうちにボロミアの夜着の胸元をひらいてゆく。
剣を振るう力の源たる厚く広い胸にファラミアの指が触れる。
ボロミアはぴくりと身を震わせたが目を覚ますことは無かった。
鎧の下に守られた白い肌にファラミアはますます幻惑された。
胸筋の境に指を滑らせ、そのあとから唇を落とした。
『はっ・・・』
無意識に息を呑むボロミアの顔をファラミアは目を上げて観察する。
深く閉じられた目蓋に、まだ気付かれはしまいとファラミアはみる。
慎重にファラミアは唇で兄の胸をたどる。片手で癖のない金茶の髪を梳きながら。
とうとうファラミアの舌がボロミアの胸の突起を捕らえた時、ボロミアは軽く身体を捩って呼吸を乱した。
兄に気付かれるのを怖れながらも、ファラミアはボロミアの甘やかな吐息に気が狂いそうになった。
このままボロミアの上に覆い被さり、その吐息を絡めるように口付けを奪い、身体中でその肌を感じることができたらと思う。
その時、ボロミアの手が無意識にファラミアの髪に絡んだ。
『兄上・・・いけませんよ』
無意識にその先を求めるかのような兄の仕種にファラミアは絶望感に打ちひしがれた。
『このような穢れた想いは、私だけで結構です』
自らの手を兄の手に重ねてそっと外すと、兄の足元に身を投げ出した。
翌朝ファラミアが目を覚ますとボロミアの姿がなかった。
兄の寝台に凭れて眠り込んでいたファラミアの肩には掛布が乗せられていた。
ファラミアは跳ね起きて兄の姿を探す。
兄とともに、夜半自分が兄の夢を書き取った書物も消えていた。
ファラミアはすぐさま、ボロミアのとった行動を理解した。
夜着の上から部屋にあった兄の上着を羽織り、ファラミアは部屋を飛び出した。
石造りの城の長い廊下に硬い足音が反響する。
衛兵を突き飛ばすように中庭を横切ってなおも駆け、父の執務室を目指した。
ボロミアは朝の最初の光で浅い夢から覚めた。
そして寝台に縋るように眠るファラミアと、ファラミアの筆跡を見つけた。
とうとう、自分にも訪れた例の夢の断片は、ファラミアの残した文字を辿るとともに鮮明につながった。
ボロミアはファラミアを起こさぬように身支度をして、父の謁見を請うた。
兄弟ふたりが見た夢をつぶさに話す。そして、堂々たる声音で申し上げた。
『畏れながら父上、白の木を纏う兵達は強くありますが、我が不徳のいたすところ、このままでは東岸を永く持ちこたえることはできますまい。なにか打開策が必要です。我らの夢がただの我らの一縷の望みが見せた幻影とは思えませぬ。
私はイムラドリスに旅立つ所存です。なにかお国のためになる助言を、彼の地より携えて参ります』
ボロミアは言い終わると高い椅子に座す父を見上げた。
デネソールはその峻厳な額から手を外して立ち上がった。
『ボロミア、わしはそなたを心から誇りにおもう。我がゴンドールに良き知らせを期待するぞ』
ボロミアが父の前に跪こうとしたその時、後ろの重い戸がひらいてファラミアが駆け込んで来た。
ファラミアは兄のすぐ後ろに立ち、着衣の乱れとは裏腹な落ち着いた口調で父に話しかけた。
『父上、畏れながら、イムラドリスには私が参ります。兄上はこの白き塔に必要なお方ですゆえ』
ボロミアの元に歩み寄ろうとしていたデネソールは留まって椅子に戻った。
『ファラミア、そなたは兄者の殊勝な申し出を聞かなかったのか?それとも、兄の大役を嫉むのか?』
『・・・父上!わたくしが兄上を嫉むなどと・・・・・』
ファラミアは絶句した。
『ボロミア、急ぎ支度をせよ。良い知らせを待っておる。』
デネソールの言葉は絶対である。長子といえど口答えの許されるためしは無い。
ボロミアは心配そうにファラミアの肩をたたいてから部屋を去った。
戸が閉まると、デネソールはファラミアに言った。
『ファラミア、お前が無用だなどとわしは言っておらん。兄の不在の間、イシリエンの警備を命ずる』
兄のいないこの城で過すならば、大河の向こうの山間で野伏として務めていた方が良いとファラミアは思う。
それよりも、吉報とは思えないあの夢の為に兄をひとり旅立たすことのほうが心掛かりでならなかった。
それでも兄も父も、一度決めたことを曲げることは決してしないであろうことをファアミアはよく知っていた。
退席を許されると、ファラミアは重い足取りで兄の部屋に向かった。
旅装束に身を固めたボロミアの元にファラミアが駆け込む。
『兄上、お止めしても無駄なことは分かっています』
ファラミアは兄から僅かに視線を逸らしたままで言った。
こんな時のファラミアの、どこか強情な顔がボロミアは大好きだった。
ボロミアはただ無言でファラミアに慈愛の眼差しを送った。
『兄上、旅立ちの盃を』
ファラミアは決然とした口調で兄の思いに応えた。
覚悟を決めるのは少年時から得意だった、とファラミアは思う。
『よし、そうだ、先夜のイシリエンのヴィンテージがまだ残っていたな』
ボロミアは戸棚から瓶を取り出すと、底に僅かに残る葡萄酒を盃に空けた。
盃はひとつだけ。
『兄上、お先に』
ファラミアに促されボロミアは盃を取る。
『ゴンドールに』
ボロミアは力強くその半ばまでを干した。
盃を受け取るファラミアの手は震える。
『・・・兄上、道中の安らかなる事を祈ります』
震える手のままにファラミアは一気に葡萄酒を干した。
そしてファラミアは、とうとう心の中の鍵を自ら外した。
胸のうちの何かが、そうしなければ後悔すると叫んでいるように思えた。
『兄上、足りません』
盃を置きながらファラミアは無理に笑みを作って言った。
『瓶は全部空けてしまったよ、次の瓶は私の帰還の祝いに開けよう』
『ボロミア、足りませんよ』
ファラミアはボロミアの首に抱きつき、兄の唇に口付けた。
この想いを隠すことに意味がなく日が来ることを怖れつつ、ファラミアは全てを忘れてボロミアの唇を味わった。
同じ盃の葡萄酒に濡れた兄の唇を。
押しとどめていた涙が堰を切って、ファラミアは一度唇を離した。
『ファ・・・ファラミア・・・?』
茫然とするボロミアの肩を抱きなおしながらファラミアは、
『兄上、私をお許しください・・・』
積年の想いを伝える言葉は言葉にならなかった。
ファラミアはただ、今一度ボロミアの唇を捕らえ、今度は親愛の情を越えた口付けをせがんだ。
ボロミアはとうとうファラミアの真意を理解した。
結んでいた唇を軽く開き、ファラミアの情熱を受け入れた。
ファラミアはボロミアの全てを味わうように、舌を絡め口腔をなぞった。
沸きあがるような愛情と快感に、ボロミアはファラミアの後頭部に手を回して掻き抱いた。
抱き返している相手が、まるで他人のような気がする反面、弟のファラミアであることを強烈に意識した。
『ファラミア、謝るな・・・。私は誰よりも、お前を・・・愛して、いるのだから』
ボロミアは途切れる息の合間に、ファラミアの髪を撫でるようにしながら言葉を紡いだ。
そしてファラミアは兄の言葉に打たれた。
名残惜しげに唇を離し、涙を払うように決然と兄の顔を見た。
『兄上・・・ありがとうございます・・・。お留守の間、及ばずながら力の限り、代わりを務めます』
ボロミアはそれ以上何も言わなかった。
おしまい
実は白状すると、原作でいちばん好きなカプがファラボロかもしれません。
実際のツーショット場面はひとつもないにも拘らずです。
ファラミアが、兄の強さと弱さを冷静に完全に理解しながら、それでも盲目的に愛しているところが好きです。
(指輪のことをフロドから知った時のファラミアの洞察と反応は感動的です)
問題は、ボロミアがこの道ならぬ愛情を受け入れるかどうかですが、
ボロミアは形やメンツにこだわりながらも、最終的には心の命ずるところに従える人だと思うので、
こういう終わり方にしてみました。
ついシリアスにしてしまいました。私の脳内の妄想はこんなもんじゃないんですが、笑。
執政家に関しては言いたいことが山ほどあります。そのうちフリートークにでも。
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