Love or Lust



『言って置くがエステル、否アラソルンの息子アラゴルンよ』

レゴラスは上の間から聞こえてくる裂け谷の主エルロンドの、常ならぬ厳しい口調に驚いて足を止めた。
『そなたが西方王の正しき末裔であるとしても、死すべき命であることに変わりはない』
義父とも充分に渡り合える知性を備えた若者の返答は何も聞こえなかった。
『我が娘アルウェンと許婚の契りなど断じて許されぬ』

レゴラスはハッとしてその明るい瞳を見開いた。
完全に予想外の出来事であった。
しばらく呆然と立っていたレゴラスは、俯いたままアーチを抜け階段を駆け下りてきた若者とぶつかった。

『どうした、エステル』

レゴラスは少し見上げるように若者の顔を見た。
数年見ないうちに、この人間の若者は長身のレゴラスの背を少し抜いている。
それだけではない。若者はエルフの姫と恋に落ちていたらしい。

『その名で呼ばないでくれ、私はアラゴルンだ』

あたまを振るように通り過ぎようとする若者の腕をレゴラスがつかんだ。
若者は振り向きざま、一度挑戦的な視線をレゴラスに見せてから目を伏せた。
腕に掛かったレゴラスの手に自らの手を重ねてそっとほどく。
レゴラスは外された手を見ながら呟いた。

『ベレンとルシアンか』

人間の勇者とエルフの姫君の恋、上の代の神話になぞらえた自らの言葉に、我知らず毒がこもっているのをレゴラスは感じた。

聞いたアラゴルンは、そこに揶揄を感じた。
若く未熟な自分に対する、あるいは身分違いの恋に対する。
両手を開いて挑むようにレゴラスに問う。

『レゴラス、きみは恋をしないのか?』

『恋?』

首を傾げ、ゆっくり考えながらレゴラスは答えを紡いだ。

『僕たちの恋は君たちの考える恋とは少し違うと思う。僕らはきみたちのように急いで家族を築いたり、子孫を残す必要がないから』

その答えはアラゴルンの望んでいるものと少し違った。
聡明なだけでなく、素晴らしい直感を持って幼いエステルの疑問に答えてくれ、周りの大人とは違うのだとエステルに思わせた、あのレゴラスらしい答えではなかった。
奥歯に物が挟まったような、形式ばった答え。
アラゴルンの胸の炎はレゴラスのはぐらかしを許せなかった。

『きみは闇の森のエルフの正統なる王子だ。エルロンドの息女アルウェンを娶るのに充分な資格だな』

完全に的を外したアラゴルンの言葉にレゴラスは微笑んだ。
視野が狭いのは若者の特権かも知れぬ。

『それだから君の弓の腕はいつまでもそんななんだ』

つい、からかうような口調になる。

『何』

気色ばんだアラゴルンの釣りあがった目をみたレゴラスは呆れたそぶりで答えた。

『エルロンド卿がスランドゥイルの息子に御息女を娶わせるわけがないだろう?ドゥネダインの族長よりよっぽど遠いよ、レディ・アルウェンにはね』

アラゴルンは完全に誤解した。

『やっぱりレゴラス、きみもレディ・アルウェンを・・・?』

静かに、それでも傷ついた様子を目に見せてアラゴルンはレゴラスを見た。
そして気まずそうに俯く。

―――僕が恋敵に見えるのか、エステル。

そう思っていてくれるならそれでもいいかもしれないとレゴラスは思う。
しかし、もしも友とおなじひとに恋をしたならば、この若者は自分が離れてゆくことで解決するのだろうか。

そして、彼はどう思うだろう、レゴラスが本当のことを告げたら?

僕がもし嫉妬をするとしたら、きみにではなくレディ・アルウェンにだと。

『ほんとうに、そう思うの?』

レゴラスの問いかけがアラゴルンの顔を上げさせる。

『僕はレディ・アルウェンにはあらゆる点で及ばないと思う、でもねアラゴルン、レディにできなくて僕にできることもあるよ』

―――レディ・アルウェンには。
その言葉は暗にレゴラスの想いを顕わにするのに充分な含みを持っている。
レゴラスは自分が綱渡りをしていることを感じながら続けた。

『例えば、いつか僕の弓はきみを守るだろう。それだけじゃない』

レゴラスはアラゴルンの高い頬にその指で触れ、手のひらで包んだ。

『目を閉じて』

それからアラゴルンの背を静かに木の幹に凭せ掛け、その唇に口付けた。

『レゴ・・・ラス・・・?』

アラゴルンは慌ててレゴラスの肩を押した。
それでもレゴラスはアラゴルンの頭を抱き寄せるようにして唇を押し付ける。

アラゴルンはレゴラスの真意を悟った。
一瞬レディ・アルウェンの姿が脳裏をよぎりながら、アラゴルンはレゴラスのくちづけを拒めなかった。

アラゴルンは混乱した頭で、ちょうど急に背が伸び始めた頃の自分を思い出す。

うつくしく強いレゴラス。
幾度なりとも触れたいと思ったのは自分のほうだった。
そんな時いつも、ありがとうエステル、と言って笑いながらエステルの指先に遊ぶような口づけをくれたレゴラスに、はぐらかされてると感じたのは幼い日の自分だったはずだ。

アラゴルンの若い身体はほのかに熱を持ち始める。

『レゴ・・・』

アラゴルンの唇がレゴラスの唇を熱っぽく探りはじめ、その指が美しい金髪に絡もうとしたその瞬間、レゴラスは唇を離した。

低く、澄んだ声が静かに告げる。

『ヴァラールの恩寵の深きことを』

そしてレゴラスはアラゴルンの額に今いちど軽く唇を触れた。

『さあ、旅立ちなのだろう、エステル』


『いつか僕も君と行く、約束だ・・・それまで、namarie』

エルフ語の雅な響きはわずかに掠れたようになった。

レゴラスの端整な笑みに哀しみの色が混じり、見たことのないような美しさにアラゴルンは見惚れた。
その間にレゴラスは踵を返して裂け谷の森の中へ消えてゆく。

森のエルフの灰緑の装束はすぐに森に溶け込み、輝く髪だけが光って見えた。

我に返ったアラゴルンはなす術もなく叫んだ。

『レゴラース!!約束だ!』


涙に潤んだ目を見られる気遣いがなくなると、レゴラスは足を止めてひとり呟いた。

『当然だろう・・・愛する君とともに在れるならば何処までも行くさ』

レゴラスは手の中の弓にそっと唇を寄せた。



Fin





アラレゴというかレゴアラというかエスレゴというか。
エスレゴがレゴ→アラになる頃ですね。
レゴラスは受けでも強いのが好きです。

本当は指輪の旅の途中が書きたいのですが、ついアラレゴは『前後』に行きがちですね。

王様ficを書く上で欠かせないのは王様の八方美人遍歴。
ざっとみただけでも
レゴラス→アルウェン→ガンダルフ→フロド→ボロミア→レゴラス→エオウィン→アルウェン→レゴラス
って感じでしょうか、笑。





呆れて帰る